シリコンバレーにお引越し

全てを捨てて、40歳目前に移住を決心した人のムコウミズな人生のブログ。フィアンセビザ申請中。

フィアンセのこと 2

これから国際結婚をしようとしているお相手についてです。

↓こちらの続き。

kittyandkoala.hatenadiary.com

 

怒りに任せて当てつけのように日本に帰ってきてしまったわたく。

当初は日本での新生活に慣れることで頭はいっぱいではあったものの、一応遠距離恋愛は継続していましたが、次第に訣別することを決定。彼にあきらめつけさせるためにも「子供はいらないし、きっと子供はわたしできないと思う」と言ってみたりして突き放しました。(このせいで後で自分の首を絞めることに)

帰国してから2年経過後、出張でシリコンバレーに行くことになり彼に連絡しました。受け取ってもらっていた郵便物を回収するという名目でです。その際、
「Bay Areaにある会社に勤めてこっちに仕事で戻って来ようとしているのは、僕がいるからなの?とれともただ単にBay Areaが住みやすいから?」と聞かれましたが、そこでも素直になれず
「あんたのせいで日本に帰りざるおえない状況になって、自力でどうにかしようとしてんだろ、ばか!!」と心の中で叫んでいました。

それから数年間はメールやお手紙が度々来ましたが、わたしの冷たい態度にあきらめがついたのかそのうち彼からの連絡はなくなりました。

常に

”What if・・・”

「もし、あのままアメリカに彼と住んでいたらどうなっていたのか?」
という考えは常に頭の中にもたげていました。無意識的にか意識的にか今となってはよくわからないですが、就職先は必ずIT関係でCAまたはシリコンバレー周辺の企業と決めていましたし、それを実行していました。一方、そうは簡単に日本採用の人が本社勤務になることはなく、そのうちアメリカでの生活はあきらめつつ日本で地に足を付けて生きていくことを優先し、あっという間に十数年経過しました。

2017年のある日、Facebook経由で連絡が。
私宛の郵便物の件で「重要な書類が届いた」とのことでした。
何年も連絡を取り合っておらず、そんな昔の彼女の郵便物を受け取り続けていて、かつ内容を確認していてくれたなんて・・・感謝のしようがありません。(友人は「気持ち悪い」と言っていましたが)

その重要な事項についてどう処理するのか考えたのですが、私は現地にいないのでどうにもできません。彼にお願いするのも図々しいにもほどがあるので放置していました。
それから数か月後に再度「あの件、どう対応したの?」と連絡があり、それと合わせて

「仕事で日本に行く」とだけ一言。

私の回答は「会いたい」それだけでした。

 

ここからの展開はだいたい想像がつくと思います。しかし、しかしですよ、

わたしは既婚者だったのです。ちーん。

 

つづく

 

【余談】 
ANAの成田⇔San Jose エコノミーで久しぶりのシリコンバレー訪問
その際、フルーツプレートをあらかじめ予約しました。
ハーゲンダッツはフルーツプレートに含まれてないのですが「くれ!」という強い視線をCAさんに送り、無事Get!。これは帰国時のフルーツプレートなのですが、なぜかマーガリンとドレッシングが!?席ががらがらなので、この航路がなくならないか心配になりました。

 

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