シリコンバレーにお引越し

全てを捨てて、40歳目前に移住を決心した人のムコウミズな人生のブログ。フィアンセビザ申請中。

フィアンセのこと 1

わざわざ文化も言語も違うよその国、離れた国の人と一生涯を過ごす誓いをたてるというのはそうは簡単ではありません。国際結婚の諸先輩方も様々な涙や苦労のストーリーがあるようで、皆様のブログを興味深く拝読しております。

かなり赤裸々に綴っている方もいればそうでない方もいて、これはどこまでブログに書くかという判断が必要なのかと思うのですが、国際結婚も移住計画もすべて秘密裡に運んでいるわたしは、ほんと悩むところです。正直にすべてぶちまけてしまいたい気持ちが強いのですが、もし、万が一、時期を待たずに身内や近辺の人にばれてしまったら・・・。非常にやっかいで大変なことになること間違えなし。

 

こんな気持ちを抱えながらだらだら書いているので、説明が不明瞭だったり辻褄が合わないんじゃない?ということがあったらお許しくださいませ。

 

私がCA留学中、二十歳の時に出会ってお付き合いし始めたが今のフィアンセです。

私は大学生、彼は10歳年上の社会人。

よくいる留学生のように同じ国からの留学生仲間とも、クラスメートともつるむことも少なく、お呼ばれしたパーティーなどで知り合った社会人の人たちが主な遊び仲間でした。もともと年上が好みだったということもあり、イベントで知り合いおつきあいスタート。心の底から尊敬できる優しく賢い人なのでこのまま彼と結婚してもいい!と思っていました。

お付き合いすること数年、アメリカに遊びに来た母に紹介しましたし、彼もわたしを両親や兄弟、親戚に紹介をしてくれていました。彼にアメリカで一緒に生活したいと意思表示もしていましたが、正式なプロポーズはなかなかありませんでした。

「どんな結婚指輪がいい?」という話もしていましたが、それっきり・・・

 

F1Visa(学生用のVisa)での在米なので大学院を卒業すると

  1. 日本に帰国
  2. H1Visa(就労用Visa)を取得できるような仕事を得る
  3. 結婚してグリーンカード(永住権)取得

 この3つの中から選択をしないといけない。私の心の中では「3」と決めていたのですが、待てど暮らせど具体的な話が一切ありません。

「2」については、Visaサポートありの就職先を見つけるのは時勢的にも私が勉強した学科的にも非常に困難でした。

 3月の卒業に向けて、大学院の卒論を書いて締め切りまでに提出するお手伝いを彼は率先してやってくれましたが、肝心の「卒業後の話」は一切ありません。
結婚して一緒にいたいのにプロポーズしてもらえない「怒り」でいっぱいだったわたしは最後の日本への一時帰国の際、面接試験を受けて日本で4月1日からの就職先を決定。

 「就職先日本で見つけたから、3月末に日本に帰る」と、彼に一方的に通告。
お互い二人の関係について腹を割って話し合いをせずに帰国しました。

 

私の心の中は愛の裏返しである怒りでいっぱいです。
決して嫌いになったわけではないのでしばらくは遠距離恋愛をしていましたが、7年間のアメリカ生活後の東京での新入社員生活や、新しい環境や人間関係の荒波にもまれ、次第にどうでもよくなってきてしまいました。そんな中、彼は「アメリカで結婚して一緒に暮らそう」とわざわざ日本に言いに来てくれましたが

「Too late!!!!」

と言って追い返してしまいました。好きなのに、一緒にいたいのに、プロポーズをしてくれなかった彼のせいで日本に帰らざるおえない状況に陥ったことについて、まだまだ一方的に非常に腹を立てていました。彼への愛は怒りとなって私の中で時間がたってもメラメラ燃え続けていました。そして、彼への腹いせのつもりで冷たく足蹴にしたのです。今思うと、非常に自己中心的でわがままで最低です。ああ、なんて馬鹿な小娘だったのでしょう。

 

ここで人生の教訓です。

「怒りに任せて人生の決断をするなかれ」

 

つづく

2004年にBig Surにドライブに行った時撮影

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